神戸新開地・喜楽館

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トップページ > ニュース > 7/30朝日新聞に掲載されました!

7月30日の朝日新聞に神戸新開地・喜楽館に関する記事を掲載していただきましたので、ご紹介いたします。

 

記事の内容は以下のとおりです。

 

演芸の街 にぎわいよ再び

新開地に演芸場「喜楽館」

東の浅草、西の新開地。かつてそう呼ばれた神戸市の歓楽街、新開地に11日、落語を中心とした演芸場「神戸新開地・喜楽館」がオープンした、「笑いで街ににぎわいを」と願う地元商店街の熱意が実を結び、神戸では42年ぶりとなる常設の寄席の復活。「演芸の街」は再び活気を取り戻せるか。

 

午後2時、真新しい劇場の幕が上がった。舞台上には上方落語協会の人気落語家たちが並んだ。「これから神戸の皆さんに素晴らしい噺家を育てていただき、ますます神戸の街が繁盛いたしますように」。笑福亭仁智会長が声高らかに口上を述べると、満員の客席から大きな拍手が起こった。

阪急、阪神電車も止まる神戸高速・新開地駅から徒歩2分。アーケード街の中に喜楽館(2階建て、212席)は完成した。

多彩な公演で差別化

2006年にできた天満天神繁昌亭(大阪市、216席)に続く上方落語の定席。「昼席」(午後2時~4時半)には繁昌亭と同じように上方落語協会の落語家たちが交代で出演する。「夜席」(午後5時~10時)は落語会のほか、漫才や浪曲、講談、音楽、舞踊など多彩な公演が楽しめるようにして差別化を図る。

ネオンが光るアーチ状のエントランスゲート、港町・神戸にちなんだ青色の座席。繁昌亭はちょうちんがずらりと並んで「和」の空間を演出しているが、喜楽館は「洋」の空間だ。

開館初日は名誉館長に就いた桂文枝さんが昼・夜両方に出演。夜は落語に加えコントや音楽ショーにも挑戦し、観客を魅了した。

この日は、2日に亡くなった東京の重鎮・桂歌丸さんの告別式の日。文枝さんは「歌丸師匠に『ここを拠点に頑張れよ』と言ってもらっているよう。これからの落語人生をすべて喜楽館に捧げたい」と語った。

熱望 神戸に42年ぶり常設の寄席

喜楽館の始まりは4年前、地元商店街の若手が上方落語協会に送った1通の手紙だった。「かつての活況を何とか取り戻したい。その起爆剤として寄席をつくってほしい」。切実な思いがつづられていた。

明治期から娯楽の街としてにぎわった新開地は、東京の浅草と並ぶ、西日本有数の歓楽街だった。喜劇王チャップリンの訪れ、最盛期には24の劇場や映画館が立ち並んでいた。しかし、戦後、神戸市役所が三宮に移転し、1976年に落語や漫才、浪曲、喜劇などが楽しめた「神戸松竹座」が閉館すると、次第ににぎわいの火が消えていった。

手紙が寄せられたころ、上方落語協会も「第2の繁昌亭」を模索していた。戦後初の上方落語の定席・繁昌亭ができた効果もあり、協会の落語家は100人近く倍増。若手になかなか出番が回ってこない状況に、「定席がもう一つ必要」という声が上がっていた。

両者の思いが一致し、兵庫県、神戸市も協力。地元の商店主らでつくる「新開地まちづくりNPO」が運営主体となり、国の補助や市民からの寄付も得て完成にこぎ着けた。

文枝さんや笑福亭鶴瓶さんらが出演した、11~15日昼のこけら落とし特別公演は前売り完売。順調な滑り出しを見せたが、今後も多くの集客を維持できるか。

「出番の噺家が頑張って盛り上げることと、面白いものを企画し続けることが大事」と上方落語協会の仁智さん。「噺家にとって寄席は修行の場。切磋琢磨して将来の上方落語を背負って立つ噺家が登場してほしい」と期待を込める。

市が若者向け支援策

神戸市は若い世代が気軽に公演を開けるようにと、支援策を導入。飲食などに地元商店街を利用することを条件に、演者の半数以上が35歳以下の場合、夜公演の貸し館料(平日8万円、土日・祝日10万円)を半額にする。さらに地元の中学生を落語会に無料招待する予定で、市文化交流部長の宮道成彦さんは「再びともった演芸の火がきえることのないよう、裾野を広げたい」と話す。

大阪に繁昌亭ができた時、近くの天神橋筋商店街の通行者は平日で7%、日曜は40%増加した。喜楽館館長の高四代さんは「できただけではダメ。一人でも多く喜楽館のファンを増やし、新開地や神戸の街全体もPRしていく。これからが勝負です」と意気込む。

(深松真司)

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